再生医療の基礎知識

くすりとiPS細胞

1. 新しい薬ができるまで

「くすり」とはいったい何でしょうか?化学薬品、試薬、医薬品、漢方薬、農薬、火薬、など様々な種類の「くすり」がありますが、これらに共通しているのは特定の化学物質の混合物や単体からなる集合であるという点です。それぞれの化学物質に固有の性質があるからこそ、できてくる「くすり」の作用が異なっており、その用途も異なってきます。医薬品もその中に含まれており「ヒトや動物の疾病の診断・治療・予防を行うために与える薬品」と定義されています(以下「薬=医薬品」)。つまり、新しい薬を創るとは、このような作用を有した化学物質の集合体を作製することなのです。
そのためには、最初に疾病に作用する化学物質を見つけ出すこと(基礎研究)が重要です。具体的には病態を培養皿の中で再現した病態モデルを作製し、そのモデルに作用する化学物質の評価、化合物スクリーニングを実施します。このようなプロセスを経て抽出された治療薬候補物質は、次に、動物を用いて有効性と安全性をチェックされます(非臨床試験)。非臨床試験をクリアした治療薬候補は、健常もしくは患者さんでの有効性と安全性確認(臨床試験)へと移行し、その反応性が良好であれば、薬として承認され(承認申請・製造販売)患者さんの元に届くことになります。
このようにお話しすると薬の開発は簡単そうに聞こえますが、実際はとても難しく、薬の種(タネ)となる新しい化合物の発見から実際に患者さんの手元に届くまで少なくとも20年近くの時間を要し、かかる費用は数百億から数千億円にまで達します。しかしながら、長い期間と莫大な費用をかければ成功確率が上がるとも限らず、治療薬候補が実際に薬となる確率は0.001%前後と極めて低いのが現状です。このような状況は年々深刻になっており、できてくる新しい薬の数も減少しています。

  • 図:新しいくすりができるまで

    図:新しいくすりができるまで

2. 薬の候補選びとiPS細胞

なぜ薬の開発はこんなにも難しくなっているのでしょうか。その最も大きな要因としては、病態が明らかな疾患に対する薬、既存の技術で開発可能な薬はすでに出尽くされてしまったということが挙げられています。つまり治すのが難しい疾患しか残されていないのです。その代表例が、がん、神経難病、精神疾患、希少疾患です。
それでは、こういった疾患はなぜ治すのが難しいのでしょうか。それは、従来の技術では病態自体を明らかにするのが困難で、明確な病態モデル・薬効評価モデルが存在しないからです。こういった状況を打破する最後の砦として近年大いに着目されているのが2006年に京都大学の山中教授らが作製した人工多能性幹細胞(iPS細胞)です。患者さん由来の組織もしくは細胞からiPS細胞を作製し、病変がみられる部位の細胞へと誘導することで、患者さんが保有する遺伝情報を反映した病態モデル細胞の作製が可能となります。こういった疾患特異的iPS細胞技術を駆使することで、通常ならば採取困難な部位の患者由来細胞を作製、また病態進行を培養皿の中で追うことが可能となり、上述したような難病の病態解明への足掛かりとなります。
さらには患者由来iPS細胞を用いた病態モデルは、既存の他のモデルと比較して病態をより正確に反映していることから治療薬創出に向けた有用なツールにもなります。対象となる疾患もこれまで開発に着手されていない領域の疾患であることからiPS細胞技術を駆使した創薬研究は、患者さんはもちろん製薬会社も大いに注目しています。

3. 医薬品開発におけるiPS細胞の役割

  1. 病気を再現します(基礎研究)
    患者由来のiPS細胞を病変がみられる組織の細胞へと分化誘導することで、その病気のより正確な病態を再現します。
  2. 効果があるのか確かめます(基礎研究・非臨床試験)
    iPS細胞を用いた病態モデルの細胞は治療薬候補化合物の選別にも大いに力を発揮します。より正確な病態モデルであるからこそ治療効果が見込める治療薬候補を高精度に抽出可能となります。
  3. 安全性を確かめます(非臨床試験)
    iPS細胞を用いた病態モデルの細胞は毒性評価・副作用評価にも役立ちます。特に、従来の系では、その作用を調べることが難しかった脳への毒性・副作用評価系として期待されています。