SKIP 使いました! SKIPと私の成果

ヒトiPS細胞の高効率な神経分化誘導方法の開発と
パーキンソン病iPS細胞バンクの構築へ
~パーキンソン病の病態研究・再生医療を促進~

Functional Neurons Generated from T Cell-Derived Induced Pluripotent Stem Cells for Neurological Disease Modeling

松本拓也氏
慶應義塾大学医学部生理学 共同研究員/味の素株式会社 イノベーション研究所 細胞栄養研究グループ

藤森康希氏
慶應義塾大学医学研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員

論文掲載誌

Stem Cell Reports, Vol. 6, 422–435 ,March 8, 2016

2016.2.19 [順天堂大学・慶應義塾大学・科学技術振興機構・日本医療研究開発機構プレスリリース]

1.研究の背景

 ヒトiPS細胞を用いた病態モデルは、数多くの難病メカニズムを明らかにするツールとして盛んに研究されています。研究に使用されるiPS細胞の大部分は皮膚の繊維芽細胞から作製されていますが、この細胞を得るためには外科的手法を用いる必要があり、患者の負担が大きいことが問題となっていました。こういった問題を解決する方法として、近年、末梢血中のT細胞を用いたiPS細胞作製技術が開発され、その侵襲性の低さから血液中の細胞は有用なiPS細胞樹立シーズ(もと細胞)として期待されています。しかしながら、iPS細胞には樹立に用いたもと細胞(皮膚繊維芽細胞やT細胞)の名残があり、特にT細胞では遺伝子の再構成も起こっていることから、樹立したiPS細胞において分化特性等への影響が懸念されていました。このような理由からT細胞を用いたiPS細胞作出技術はすでに確立されているにも関わらず、その研究はあまり進展せず、T細胞由来iPS細胞が疾患モデル構築に適しているかどうかすら未だ明らかになっていませんでした。本研究ではiPS細胞樹立シーズとしてのT細胞の有用性を実証すべく、健常人あるいは神経難病患者から皮膚繊維芽細胞及びT細胞を採取、iPS細胞を作製し、これらのiPS細胞すべてに適用可能な神経系細胞分化誘導基盤の構築ならびにT細胞由来iPS細胞を用いた病態モデルの構築を図りました。

2.研究の概要と成果

図
図:本研究の概略

 本研究グループはT細胞及び皮膚繊維芽細胞からiPS細胞を樹立し比較解析した結果、遺伝子発現パターン等複数の性質の違いを見出しました。特にT細胞由来iPS細胞にみられる神経分化抵抗性は、今後疾患特異的iPS細胞シーズとしてT細胞を活用していくにあたって大きな問題であり、本研究ではこのような分化抵抗性を克服する新たな神経分化誘導基盤の構築を図りました。酸素濃度や培養条件を最適化した結果、iPS細胞から直接神経幹細胞塊へと誘導する新たな分化誘導基盤の構築に成功し、本法を用いることでT細胞由来iPS細胞が皮膚繊維芽細胞由来iPS細胞と同様に神経幹細胞に誘導可能であること、誘導後の神経幹細胞が機能的な神経系細胞へ分化可能であることを明らかにしました。本研究はその他にも、もと細胞の種類や症例、iPS細胞作製方法等に起因する多種多様なiPS細胞株間の性能差が構築した神経分化誘導法を適用することにより縮小可能であることを明らかにし、研究目的や用いる細胞株に応じて適切な分化誘導方法を選択することの重要性が示されました。さらに構築した誘導法を活用して、パーキンソン病患者のT細胞由来iPS細胞と皮膚繊維芽細胞由来iPS細胞から病態モデルを作出することに成功し、樹立シーズに依存せず同程度の病態再現が可能であることを示しました。
以上の結果から、構築した神経分化誘導法を活用することで、T細胞由来iPS細胞が高効率に神経分化すること、神経難病の病態モデルとして機能し得ることが明らかとなり、本研究によりiPS細胞樹立シーズとしてのT細胞の有用性が強められただけでなく神経疾患モデル構築へ応用可能であることが世界で初めて示されました。

3.研究の意義・今後の展開

 iPS細胞を用いた疾患研究は、特に神経系疾患においてこれまで不可能であった患者の脳内における病態進行を培養皿の中で再現可能にします。さらには、その病態を抑えるための薬剤スクリーニングを患者由来の神経細胞を用いて実施することも可能であり従来の技術よりも高精度な治療薬開発が期待できます。また、本研究により血液中のT細胞から樹立したiPS細胞も神経疾患病態解析に応用できることが示されたことから、患者検体の収集が容易になり今後樹立されるiPS細胞の数、症例数の劇的な増加が期待できます。
以上のように、本研究成果は今後のiPS細胞研究を加速度的に進行させる基盤となり得るものであり、神経難病研究の発展及び治療薬開発への多大な貢献が期待されます。

松本拓也氏のコメント

松本氏と岡野栄之教授
松本氏(左)と岡野栄之教授(右)

近年、多能性幹細胞の研究は適切な株を適切な数用意するところから始まります。SKIPでは、この研究を始めるにあたって最も重要な情報が網羅された形で公開されており、幹細胞研究者にとっては非常に有用なデータベースです。私も本研究を進めるに当たりこの情報を活用させていただきました。
また、幹細胞に関する平易な説明や最新の幹細胞ニュースに簡単にアクセス可能であるため、研究者だけでなく研究に興味のある一般の方々やこれから研究を始める学生さんにも役立つものとなっております。「幹細胞」、「再生医療」は非常に夢のある有望な技術ですが、最先端技術であるため、利用を希望する方にとって正確な情報を収集、理解する必要があります。SKIPは「幹細胞」のポータルサイトであるため、そういった情報を収集するうえでも役立つものとなっています。私も今後の情報収集に使っていきたいと思います。

藤森康希氏のコメント

藤森氏と岡野栄之教授
藤森氏(右)と岡野栄之教授(左)

 iPS細胞研究はその研究分野が確立されて10年程度であることから、いまだその潮流は目まぐるしく変動し、スタンダードとなる技術も日々刷新されています。このような状況において、今の自分の研究の立ち位置とこれまでの歴史、最先端の研究を知ることは極めて重要な要素となってきます。SKIPには、このような幹細胞研究者(まだ博士課程の院生ですが…)として必須な情報が網羅されており、最先端の研究セミナーも定期的に開催されていることから”幹細胞研究を知る”有用なツールとして自身の研究に大いに活用しています。また、このような知識の充実だけでなく、細胞株を収集するという実利的な側面もSKIPは内包しています。それが幹細胞データベースです。SKIP幹細胞データベースは、すでに報告されている幹細胞株の情報を詳細かつ広範に取り扱っており、個人としても自身が樹立したiPS細胞株の管理に活用しています。これまでは、細胞株を収集するという目的でデータベースを活用していましたが、今後は自身の情報を公開し共同研究推進の場としてSKIPを使っていければと考えています。

本研究で活用された細胞株

・201B7 (健常者由来iPS細胞株: SKIP000001)
・KhES1 (ES細胞株: SKIP000147)
・KA11 (健常者由来iPS細胞株: SKIP000825)
・KA23 (健常者由来iPS細胞株: SKIP000826)
・eKA3 (健常者由来iPS細胞株: SKIP000829)
・eKA4 (健常者由来iPS細胞株: SKIP000830)
・TKA4(AIST) (健常者由来iPS細胞株: SKIP000831)
・TKA9(AIST) (健常者由来iPS細胞株: SKIP000832)
・TKA7(DNAVEC) (健常者由来iPS細胞株: SKIP000834)
・TKA14(DNAVEC) (健常者由来iPS細胞株: SKIP000833)
・eTKA4 (健常者由来iPS細胞株: SKIP839)
・eTKA5 (健常者由来iPS細胞株: SKIP840)
・TFK7(DNAVEC) (健常者由来iPS細胞株: SKIP841)
・TFK12(DNAVEC) (健常者由来iPS細胞株: SKIP842)
・PB2 (家族性パーキンソン病患者由来iPS細胞株: SKIP000203)
・PB20 (家族性パーキンソン病患者由来iPS細胞株: SKIP000205)
・TPB4(DNAVEC) (家族性パーキンソン病患者由来iPS細胞株: SKIP000835)
・TPB8(DNAVEC) (家族性パーキンソン病患者由来iPS細胞株: SKIP000836)
・TPB11(DNAVEC) (家族性パーキンソン病患者由来iPS細胞株: SKIP000837)
・TPB27(DNAVEC) (家族性パーキンソン病患者由来iPS細胞株: SKIP000838)

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