SKIP 使いました! SKIPと私の成果
iPS 細胞とゲノム編集技術を用いて
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の病態モデルを構築
-病態の全容解明へと前進、新薬開発に期待-
Establishment of in vitro FUS-associated Familial Amyotrophic Lateral Sclerosis Model
Using Human Induced Pluripotent Stem Cells
(Stem Cell Reports Best of 2015-2016)
一柳 直希氏
慶應義塾大学医学部生理学 共同研究員
藤森康希氏
慶應義塾大学医学研究科博士課程/日本学術振興会特別研究員
論文掲載誌
Stem Cell Reports Vol. 6,496–510, April 12, 2016
2016.3.18 [慶應義塾大学医学部] [東北大学プレスリリース]
1.研究の背景
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は四肢の筋力低下などの症状を呈し急速な進行性を示す運動ニューロン変性疾患として知られており、現在有効な治療法は無くその病態メカニズムも明らかとなっていない神経難病です。ALS患者のおよそ10%は家族歴があり、その原因遺伝子としてSOD1やTARDBP、FUSなど複数が報告されています。
これまでに遺伝子に変異を加えたマウスや培養細胞を用いてALSの解析が行われていますが、実際の患者の症状を十分に反映できているとは言えませんでした。2006年に京都大学の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞技術は、患者の皮膚細胞から、これまで手に入れることが困難であった神経系の細胞を作製すること、ならびにその発生過程・病態進行過程を培養皿の上で再現することを可能にする革新的技術であり、本研究ではこのiPS細胞技術を駆使することで、新たなALSの病態とそのメカニズム解明を試みました。
2.研究の概要と成果
図:本研究の概略
本研究グループはFUS遺伝子に同一遺伝子変異を持つ2名の兄弟患者から皮膚細胞の提供を受け、iPS細胞の樹立を行いました。樹立したALS患者由来iPS細胞株を運動ニューロンへと分化誘導し、各分化段階における解析を実施したところ、複数の様々な病態とその機構の一端を見出すことに成功しました。さらに、これらの病態が運動ニューロンにおいて特に顕著に表出することを明らかにしました。また、一方で、健常者由来のiPS細胞にFUS遺伝子変異を組み込んだ、iPS細胞株(以下、変異導入株)を作製し、同様の病態解析を実施したところ、ALS患者由来株でみられた病態が変異導入株でも同程度に確認されることが明らかとなりました。以上のように本研究成果は運動ニューロンが選択的に侵されるというALS病態を培養皿の上で再現可能であることを示し、これまでに報告されていなかった新たな病態とその機構の一端を世界で初めて明らかにしました。
3.今後の展開
本研究成果は、今後予想されるALS特異的iPS細胞を用いたより詳細な解析から、従来では検出不可能であったALS病態初期における異常等を見出すことが十分に可能であることを示唆しており、iPS細胞技術がALS病態全容解明を推し進める強力なツールとなることが期待されます。さらには、ALS患者由来iPS細胞を活用することで実際の臨床像をより色濃く反映したALSモデル構築が可能となることから、既存のモデルと比較してより高精度な治療薬開発やALSの根本的な治療薬開発への応用が期待されます。
一柳 直希氏のコメント
一柳氏
iPS細胞は再生医療、難病・希少疾患に対する創薬研究、安全性研究など広範な領域に対して革新的な進歩を促す可能性のあるツールとして、現在最も注目されている研究分野であります。今回FUSという遺伝子に変異のある家族性のALS患者さんより樹立したiPS細胞を用いて、ALS疾患表現型の再現を行いました。疾患iPS細胞の研究は今やあらゆる大学、研究機関で進められており、まさに私が研究している最中にも、他のALS患者由来iPS細胞を用いた研究の報告を、論文や学会で目にすることが多くありました。SKIPにはそれら最新の研究動向、幹細胞研究に必要な情報が体系的にまとめられております。SKIPデータベースを用いることで最先端の研究情報・技術動向を簡便に、かつ的確に収集することが可能であり、それはまた自身の研究を都度見直す適切な機会となります。また自身の研究において作製したiPS細胞株をSKIPデータベースに登録することも可能であり、データベース情報を基とした共同研究推進の場としてのポテンシャルも有しております。今後も幹細胞研究促進ツールとして、SKIPの機能を最大限に活用していきたいと考えております。
藤森康希氏のコメント
藤森氏(左)と岡野栄之教授(右)
iPS細胞研究はその研究分野が確立されて10年程度であることから、いまだその潮流は目まぐるしく変動し、スタンダードとなる技術も日々刷新されています。このような状況において、今の自分の研究の立ち位置とこれまでの歴史、最先端の研究を知ることは極めて重要な要素となってきます。SKIPには、このような幹細胞研究者として必須な情報が網羅されており、最先端の研究セミナーも定期的に開催されていることから”幹細胞研究を知る”有用なツールとして自身の研究に大いに活用しています。また、このような知識の充実だけでなく、細胞株を収集するという実利的な側面もSKIPは内包しています。それが幹細胞データベースです。SKIP幹細胞データベースは、すでに報告されている幹細胞株の情報を詳細かつ広範に取り扱っており、個人としても自身が樹立したiPS細胞株の管理に活用しています。これまでは、細胞株を収集するという目的でデータベースを活用していましたが、今後は自身の情報を公開し共同研究推進の場としてSKIPを使っていければと考えています。