再生医療と幹細胞

眼(網膜)

網膜は眼球後部に位置する光を感じる細胞層で、小さな光受容細胞で覆われています。網膜は目と脳をつないでいる視神経と接合していて、角膜や水晶体を通って投影された光(映像)を電気信号に変えて脳に伝える役割を果たします。カメラで例えると、角膜はフィルター、水晶体はレンズ、網膜は光センサにあたります。

網膜の中央部はやや黄色いため黄斑と呼ばれます。さらにその中心部の一点は中心窩(ちゅうしんか)と呼ばれ、視界の中心にあるものを解析します。そのため、黄斑部に異常な血管ができるなどして光受容体の機能が失われると、一番情報を得たいはずの視野の中心部が見えない状態になってしまいます。網膜はいったん傷つくと修復が難しい組織です。日本の失明原因の上位4位(1位 緑内障、2位 糖尿病網膜症、3位 網膜色素変性、4位 黄斑変性)は、いずれも網膜が障害される疾患です。

加齢黄斑変性 (age-related macular degeneration:AMD)

図:眼球断面図
図:眼球断面図
この画像のご利用について

    加齢黄斑変性は、加齢に伴い網膜の黄斑部が萎縮や変性することにより発症する目の難病です。欧米では高齢者の視覚障害の原因の第一位であり、日本でも第四位となっています。
加齢黄斑変性には海外に多い萎縮型(非滲出型、dry type)と日本に多い滲出型(血管新生型、wet type)があります。

    加齢黄斑変性になると、

  • 視野の中心が暗く見える
  • 物がゆがんで見える
  • 周囲の景色は見えているのに文字が読めない、人の顔が判別できない
図:加齢黄斑変性の症状(中心部のゆがみ)
図:加齢黄斑変性の症状(中心部のゆがみ)
この画像のご利用について

などの症状が現れます。

滲出型は萎縮型に比べて病気の進行が速く、急に視力が低下する場合もあります。
滲出型加齢黄斑変性は、網膜の外側の「脈絡膜」から病的にもろい血管である新生血管が発育することで、出血や血液中の水分が漏れ出し、網膜の黄斑に腫れを生じることで発症します。

    現在、治療法として、

  • 出血予防のための止血剤の服用
  • 新生血管が黄斑の真ん中「中心窩」にない場合、新生血管に対するレーザー光凝固
  • 新生血管が「中心窩」にある場合、抗VEGF薬(抗血管内皮増殖因子)の硝子体への注射による新生血管発育の抑制

などがあります。
ただし、これらの治療法は対症療法であり、加齢黄斑変性の根本的な要因である網膜の黄斑部の変性に対する治療法は現在のところありません。

再生医療による治療として、光受容体下層の「網膜色素上皮」の移植が効果的ではないかと言われています。しかし、患者自身の網膜色素上皮細胞の採取・培養は難しく、眼内での操作によって術前よりも視力が低下した例も報告されています。

海外ではES細胞やドナー由来の網膜色素上皮細胞を用いた臨床試験が実施されています。造腫瘍性の問題、非自己細胞に対する免疫拒絶の恐れなど、安全性の問題が懸念されています。
Safety and Tolerability of Sub-retinal Transplantation of hESC Derived RPE (MA09-hRPE) Cells in Patients With Advanced Dry Age Related Macular Degeneration (Dry AMD)

日本においては2014年9月に、患者の皮膚細胞から作製したiPS細胞を網膜色素上皮細胞に分化させ、シート状にしたものを、変性した黄斑部に移植する臨床研究が実施されました。
iPS細胞を用いた臨床試験は世界初です。本研究は、iPS細胞の安全性の確認が主な目的で、再生治療が受けられるようになるにはまだ様々な研究が必要です。

このページのTOP