iPS細胞から毛包再生、重い脱毛症の人の力に

大山 学 氏 慶應義塾大学医学部皮膚科学教室准教授(2015年3月まで)
       杏林大学医学部皮膚科学教室教授(2015年4月就任)

(インタビュー実施日:2014年4月28日)

 毛髪は、毛包というさやのような形をした立体組織のなかでつくり出されます。さやの中はケラチノサイトという細胞でできていて、その一番奥に毛乳頭と呼ばれる細胞の塊があります。ここから、すぐ上にある毛母細胞に増殖を促す信号が出ていて、毛母細胞が増えていって表皮の上に出たものが髪の毛です。毛母細胞には寿命があって、ヒトだとだいたい2年から長くて7年ほど。その時期を終えると髪の毛は抜けていきます。これは「毛周期」と呼ばれています。

 毛にも幹細胞があります。かつては毛母細胞のある場所と考えられていましたが、もっと上のほうのバルジという場所にあることが20年あまり前に報告されました。毛をつくる構造のほとんどは、この幹細胞からできると考えられています。

図:毛髪と幹細胞
図:毛髪と幹細胞

 脱毛症にはいくつか種類がありますが、「瘢痕(はんこん)性脱毛症」という病気では、この幹細胞自体がやられて毛がすっかりなくなってしまいます。このタイプの患者はごくまれで、専門外来でも全体の5~10%ぐらいです。一方、免疫の異常が関係しているといわれる「円形脱毛症」では、毛母細胞や毛乳頭は障害を受けますが幹細胞は生きています。ですから、円形脱毛症は治療がうまくいけば、また毛が生えてくることが期待できるのです。

 4年ほど前から毛髪の再生の研究に取り組み、昨年にはヒトiPS細胞を使った毛包の部分再生に成功しました。iPS細胞からケラチノサイトになる前段階の細胞をつくり、毛乳頭細胞と性質のよく似たマウスの細胞と一緒に育てたところ、毛包と同じような構造をした筒状の組織をつくることができました。現在はマウスの細胞などを使っていますが、さらに研究を進めてヒト毛包の完全な再生できたらと考えています。iPS細胞から毛乳頭や毛髪の幹細胞をそれぞれつくり、そこから毛包を再生することも考えています。

 こうしたiPS細胞をつかった毛髪の再生は、毛包の構造が完全に失われる瘢痕性脱毛症の方たちへの治療につながる可能性があります。毛根が傷害をうける円形脱毛症の治療にも活用されるかもしれません。

 一方、より多くの方が悩んでいる男性型脱毛症の場合、毛包の構造は基本的に保たれているので、高額の費用が予想されるiPS細胞を使った再生医療は直接の対象にはならないと考えています。

 男性型脱毛症は、男性ホルモンの影響で「毛周期」が短くなり、成熟した毛ができる前に抜けてしまうようになって、毛はあるけれども構造が非常に小さいために薄く見える状態です。幹細胞は生きているので、増殖を促す信号を補うことができれば、しっかりした毛が生えることも期待できます。いま市販されている飲み薬は、毛周期を早めてしまう酵素の働きをじゃまする作用が知られています。毛包を完全に再生しなくても、iPS細胞から毛乳頭と同じような細胞をつくって移植するといった方法も考えられます。

 毛包は複雑な立体構造をしているので、これを完全な形で再生させるには、iPS細胞を使ってもまだかなりの時間がかかると思っています。現在、私たちが考えているのは、iPS細胞からつくった毛包に治療薬の候補を作用させて治療薬を探す研究です。ヒトの毛包を提供してもらった研究に使おうとしても量が限られますが、iPS細胞から毛包をつくれればいくらでも増やすことができますから、多くの候補物質を試すことができます。

 もともと、遺伝子の異常や自己免疫の異常で全身の皮膚に水ぶくれができてしまう病気について研究していました。この病気の遺伝子治療を目指していましたが、留学先の米国の教授から「だったら幹細胞をみつけてそこに遺伝子を入れる治療を考えてはどうか」と助言を受けたのがきっかけで、幹細胞や再生といった領域に興味を持つようになりました。

 脱毛症という病気は、患者さんの生活の質に大きく影響します。脱毛症の治療では効果のはっきりしないものも含めた商業的な試みもたくさん見受けますが、地に足のついた科学研究を一歩ずつ積み重ねて、患者さんたちの期待に応えたいと思っています。

聞き手:朝日新聞記者/慶應義塾大学共同研究員 田村 建二

大山 学 氏
杏林大学医学部皮膚科学教室教授
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2015年6月26日更新
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