捨てられる組織使い、膝の組織を修復

関矢 一郎 氏 東京医科歯科大学 再生医療研究センター長

(インタビュー実施日:2014年12月18日)

須田年生 氏

 傷ついた膝(ひざ)の半月板を、滑膜(かつまく)という組織にある幹細胞を使って修復させようという再生医療の研究に取り組んでいます。半月板は大腿骨と脛(けい)骨のあいだに挟まれた線維軟骨と呼ばれる組織で、膝にかかる衝撃を吸収するクッションの役割を果たしています。けがをしたり、繰り返し負荷がかかっていたりして、半月板が傷ついたり切れてしまったりすることがあり、これを半月板損傷と呼びます。膝が痛み、動かしにくくなったりします。

 断裂したところを縫い合わせる手術をすることがありますが、半月板は血液の流れが乏しいところが多く、こうした場所を縫い合わせてもあまりきちんとくっつきません。国内での半月板手術は年間3万2千件ほどありますが、縫合術の割合は約10%。残りは半月板の傷ついた場所を切除してしまっているのです。そうすると当然、膝のクッションはなくなってしまいます。半月板を広範囲に切除すると、大腿骨と脛骨のそれぞれ先端にある軟骨どうしがこすれてすり減り、膝が痛んで歩行などに支障が出る「変形性膝関節症」につながります。ですからなるべく切除はしたくない。ただ、くっつきやすいケースを選んで縫合術をしても、4年以上たつと約3割で半月板が再断裂を起こしているというデータがあります。こうなると、もう切除するしかありません。

 縫合したあとの再断裂を防ぐとともに、現在は「くっつきにくい」と判断して切除してしまっているようなケースを、幹細胞の力を借りて修復を促す。つまり、縫合術によって半月板損傷を治せるようにしたい。それが私たちの取り組む研究のねらいです。

図:半月板と滑膜
図:半月板と滑膜

 2014年8月から11月までに、半月板の縫合術を受けた5名の方に対し、縫い合わせた場所に幹細胞を注入して、くっつくことを促す臨床研究を実施しました。いずれの方も、通常であれば縫合は難しいと判断して切除してしまうことが多いケースです。なかには半月板の変化が強く、しっかり縫合できない方もいましたが、もともとの半月板が芯になり、幹細胞の効果により再生することを期待しています。安全性についてはいまのところ、とくに問題は出ていません。

 幹細胞を取り出す滑膜は、膝の関節の内ばりをしている組織で、ヒアルロン酸などの関節液を産生しています。膝の手術の際は「視野のじゃまになる」といった理由で取り除き、そのまま捨てられていました。でも、これまでの解析で、痛んだ半月板が自然に治っていくとき、滑膜が重要な役割を果たしていることがわかってきました。

 海外では、骨髄から取り出した幹細胞を用いて半月板の再生に取り組む研究グループもあります。ただ、私たちは、滑膜の幹細胞のほうが、骨髄よりも培養で増やす効率が高いことを確認しています。また骨髄と比べて、滑膜はご高齢の方からも確実に採ることができます。滑膜は最初の手術の際に一緒に取り出します。

 今回の臨床研究では、半月板縫合術のときに採取した滑膜0.5グラムを処理して、ご自身の血清で14日間培養したうえで、増えた幹細胞を注射で縫い合わせた場所に入れます。効果は断裂の痕跡がいつ消えるかを指標に、MRIで確認します。通常の縫合術だと、うまくいっても断裂が消えるまでに4~5年かかります。幹細胞の移植によって、1~2年で消えることを期待しています。これまでに実施したブタの実験では、幹細胞によって修復が促されることを確認できました。

 今回臨床研究にご協力いただいた方々は、半月板が切れてはいるものの全体としてはあるべきところに半月板が残っている患者さんたちでした。今後は、半月板がゆるくなって全体が外側に大きくずれてしまうといった、より症状の重い方に対して、半月板の機能を再び獲得できるようにしたいです。また半月板に加えて、すでに傷んでしまった膝の軟骨も一緒に再生させることをめざす臨床研究を来年度に始めたいと考えています。同じ滑膜に由来する幹細胞でも、半月板のところに注入すると半月板に、軟骨のところだと軟骨にそれぞれ分化していくのです。周囲の環境によって分化する方向が決まってくるようです。

 もともとは、体外で幹細胞から半月板や軟骨をつくって移植することを考えていました。滑膜の幹細胞にサイトカインというたんぱく質を加えて培養すると、軟骨にすることはできます。ただ、すごく費用がかかるうえ、本物に近い組織をつくるのは大変難しい。体内の環境で幹細胞から育てたほうがうまくいくようです。

 ほかの組織で試みられているように、iPS細胞から半月板などをつくるという研究も一つの方向性としてあり得ると思います。ただ、自分の細胞からiPS細胞をつくり、そこから半月板にまで育てるのはかなり時間とお金がかかりそうです。滑膜の幹細胞は半月板や軟骨には育ちやすい。現在はiPS細胞なしでも研究は進められると考えています。もし、体外でより完全に近い膝の組織を低コストでつくれるといった技術革新ができれば、話は変わってくるかも知れませんが。

 私は膝関節を専門とする外科医で、再生医療の研究に着手したのは2002年です。半月板を損傷した若いスポーツ選手たちを手術でなんとか治したいと努力してきましたが、どうしても切除するしかない悔しいケースを何度も経験してきました。サッカー日本代表の選手らを含めて、半月板を痛めてプレーに支障をきたしたり、引退を迫られたりする選手はたくさんいます。

 また高齢化とともに、膝を痛める中高年の方も増えています。変形性膝関節症の患者さんは2500万人とも言われていますが、うち半数くらいは半月板に問題を抱えているとみられています。これからも安全性を確認しつつ工夫を重ねて、少しでも多くの方がスポーツを楽しみ、生活の質を高められるようにしたいと考えています。

聞き手:朝日新聞記者/慶應義塾大学共同研究員 田村 建二

関矢 一郎 氏
東京医科歯科大学 再生医療研究センター長
1990年 東京医科歯科大学医学部卒業。2011年 東京医科歯科大学大学院軟骨再生学教授。13年から現職。
大学院応用再生医学教授を併任。
このページのTOP