幹細胞と老化 白髪になる仕組み解明

西村栄美氏 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 教授

(インタビュー実施日:2015年11月25日)

西村栄美氏

 なぜ年をとると老化するのか、幹細胞の加齢変化に着目して研究しています。 たとえば、なぜ年をとると白髪になるのでしょう。髪の毛が黒いのは、毛の根元にある毛包という組織で、色素細胞が髪の毛を作る細胞に色素を供給しているからです。色素細胞の元になるのは色素幹細胞。色素幹細胞がずっと維持され、毛がはえかわるたびに色素細胞が供給されていたら、ずっと黒いはずです。加齢で幹細胞にどんな変化が起こるのでしょう。

 加齢により、体細胞に、DNAの損傷が少しずつ蓄積していくことは知られていました。マウスのATMという遺伝子は、DNAの損傷を修復するために重要な役割を果たしますが、この遺伝子が壊れるとマウスの毛が早く白くなります。DNAに傷が蓄積すると、細胞の自殺であるアポトーシスを起こすと考えられていました。また、細胞分裂回数の限界を超えると分裂を停止する「細胞老化」と呼ばれる現象がありますが、分裂回数の限界に達する前でも細胞にストレスがかかると分裂を停止することも知られていました。

 そうしたことが本当に起こっているのか、早く毛が白くなるモデルマウスで調べてみましたが、どうもそうではなさそうです。色素幹細胞は、致死量の放射線を照射したりするとアポトーシスによって細胞死してしまいますが、毛が白くなる程度の放射線や加齢によるDNAの傷によって、またはATM遺伝子の欠損によってさらにDNAの傷が蓄積しやすい条件においても、アポトーシスや細胞老化を起こすわけではないようでした。

 では、一体何が起こっているのでしょう。色素幹細胞の居場所は「ニッチ」と呼ばれます。色素幹細胞のニッチは、髪の毛がどんどん作られている毛包の根元ではなく、その少し上にあります。ニッチのあたりをよく調べると、黒い細胞があらわれていたのです。色素幹細胞は黒くありません。黒い細胞は、色素幹細胞からできる色素細胞です。未熟な幹細胞がまちがった場所で成熟して、「分化」していたのです。一般的に思われていた細胞老化とは違いますから、正真正銘の分化なのかどうか、よく調べました。電子顕微鏡でみると、やはりメラノソームと呼ばれる成熟した色素細胞がニッチの中にたくさんありました。この変化は、放射線の照射、酸化ストレス、抗がん剤などゲノムに傷を与えるようなストレス(ゲノムストレス)が加わると誘導されることがわかりました。色素幹細胞が分化してしまい、ニッチから消えてしまっていたのです。色素幹細胞がなくなると、色素細胞を毛包の根元に供給し続けることができなくなり、毛が白くなることがわかりました。

図:3通りの作戦
図:白毛化のメカニズム

 一連の過程をよく観察してみたところ、ゲノムストレスを受けた色素幹細胞は、毛周期において活性化されると、通常なら自己複製するところで分化してしまい、結果的に幹細胞のプールが減っていく現象が観察されました.つまり、幹細胞が活性化された際に未熟な細胞のまま維持するのか、分化という道を積極的にとるのか、運命を決めるチェックポイントがあることを明らかにすることができました。このようなチェックポイントの存在は、血液幹細胞にも見つかっており、のちにほかのグループが報告しています。

 次に、色素幹細胞の維持に重要な因子を明らかにしました。それは、色素幹細胞の隣に存在する毛包幹細胞という毛を作る細胞の元になる幹細胞でした。毛包幹細胞がつくるTGFβというたんぱく質が、色素幹細胞を未熟な状態で眠らせておくことに重要な役割を果たしていました。TGFβが働かないと色素幹細胞がニッチの中で分化してしまい、枯渇して白髪になります。

 最近、毛包幹細胞の研究も進め、毛包幹細胞の維持には17型コラーゲンが重要だとわかりました。この分子が欠損すると、ニッチ細胞である毛包幹細胞が維持されなくなり、TGFβも分泌されなくなるため、色素幹細胞の維持が出来なくなり、白髪と脱毛の両方を引き起こします.毛包のバルジーサブバルジ領域という非常に狭い領域に2種類の幹細胞がひしめきあって存在し、相互作用しています。

 ここまでマウスの話をしてきましたが、ヒトでもほぼ同じ仕組みが働いていると考えています。ヒトの毛包でも加齢で色素幹細胞が減っていることは確認しました。重要な遺伝子はヒトもマウスも共通です。マウスの色素幹細胞の自己複製を促進する仕組みを調べることで、ヒトの白髪の始まりを遅らせるような物質が見つかるかもしれません。ニッチにまだ残っている色素幹細胞があれば、それを増やす作戦で、少しずつ研究を進めています。

 最近、色素幹細胞が皮膚の汗腺の中にもあることを見つけました。ところが、この色素幹細胞のDNAに傷をつけると、分化に向かわず、活性化して自己複製すると同時に色素細胞を表皮に供給するのです。どんどん細胞が供給されれば、皮膚のがん悪性黒色腫(メラノーマ)を作る可能性があります。メラノーマは毛包内の色素細胞が多く存在する頭皮にできやすいわけではなく、手のひらなど毛包のないところにできやすいことが知られています。同じ幹細胞でも、その居場所によって、DNAの損傷に対する反応性が違い、一方は、悪い細胞が増えないように分化して消えてしまい、白髪にはなるが、がんにならない。もう一方は、表皮でがんを作っているかもしれません。これらの違いを調べることは、老化やがんの理解につながると考えています。

 ヒトの寿命も古代ローマの時代の平均寿命は26歳といわれており、この時代古代のミイラの髪は、たいがい白髪ではなく毛髪に残っていたメラニン色素が酸化して赤茶色をしています。同様に、野生の動物の多くは短命で白毛混じりになったりしないのに対して、ペットとして飼われた老齢の犬が白毛混じりになることは珍しくありません.このように考えると、白髪は、寿命が延びたからこその現象かもしれません。

 幹細胞のエイジングという概念は、最近注目されるようになった比較的新しい概念です。そもそも、幹細胞研究の黎明期には、幹細胞は生涯にわたって維持されるものとされていました。色素幹細胞はさておき、血液幹細胞などはそもそも完全に枯渇すると生命を維持することが出来ません。高齢化社会を迎え、加齢と関連して発症する加齢性疾患の頻度が増え続けている背景において、加齢で組織幹細胞がどう変化していくのかという研究は、今後更に重要になってくると思っています。

聞き手:朝日新聞記者/慶應義塾大学共同研究員 瀬川茂子

西村栄美氏
1994年滋賀医科大学卒業。2000年京都大学大学院医学研究科修了、医学博士。同大研究員、米ハーバード大学留学を経て、04年北海道大学特任助教授、06年金沢大学教授。09年から現職。
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