心筋細胞を作って患者さんに届けたい

福田恵一 氏 慶應義塾大学 内科学 循環器内科 教授

(インタビュー実施日:2015年11月17日)

福田恵一 氏

重症の心不全の患者さんに心筋細胞を作って届けたいと研究を続けてきました。人工的に作った心筋細胞は、病気の仕組み解明や薬の開発にも役立ちます。

 心臓移植を待っている患者さんがたくさんおられるのは、ドナー不足という問題があるからです。この解決策として、再生医療に取り組んできました。1995年くらいから始め、99年に骨髄の細胞から心筋を作ることに成功しました。しかし、移植に使えるほど大量の心筋を作ることはむずかしかったため、ヒトのES細胞(胚性幹細胞)の研究を始めました。そうこうするうちに2006年に京都大学の山中伸弥教授らが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を開発され、これは素晴らしいと思って、すぐに取り組むことにしました。

 iPS細胞から患者さんの心筋を作って、治療につなげるためには、6つの課題がありましたが、一つ一つ克服してきました。

 まず、安全性の高いiPS細胞を、患者さんに負担をかけずに作製する方法の開発です。当初、iPS細胞は皮膚の細胞から作製されましたが、患者さんの皮膚の採取には痛みが伴います。お子さんでもお年寄りでも大丈夫なように、わずかな血液から作製する方法を開発しました。採血のうちのわずか0・1ccの血液をもらいます。その血液に含まれる細胞に、センダイウイルスを使って、iPS細胞を樹立します。センダイウイルスは染色体に傷をつけずに、iPS細胞を作るのに必要な遺伝子を細胞に運びます。他のウイルスで課題になる染色体を壊す心配がなくなりました。血液の細胞を使うことで樹立にかかる時間も短くできました。2カ月半かかっていたのが、25日でできるようになりました。第1の課題であった安全なiPS細胞を作る、第2の課題であった効率よく大量にiPS細胞を作ることが可能になりました。

図:iPS細胞を用いた難治性心筋疾患に対する病態解析・治療法開発
図:iPS細胞を用いた難治性心筋疾患に対する
病態解析・治療法開発

 次に患者さんの細胞から作ったiPS細胞を、心筋細胞にする方法です。発生学で得られる知識を最大限、活用しました。受精卵が分裂を重ねて、さまざまな臓器を作るときに、心臓もできあがります。心臓ができていくときに、細胞増殖因子が働きます。これを突き止めて応用することが重要だと考えました。細胞増殖因子は複数ありますが、重要なものを探すのに時間がかかりました。最初にできるのは、胎児型の心筋で、大人の心筋と違い、増やすことができます。ここで大量に増やす方法も見つけました。第3の課題であるiPS細胞から心筋を作ること、それを大量に増やすという第4の課題を10年かけて解決しました。

 さて、こうして心筋ができて規則正しく収縮する様子をみていると、移植したくなりますが、まだできません。もし、心筋になりきらない未分化のiPS細胞が混じっていたら、悲劇がおこります。腫瘍ができる恐れがあるのです。これが最も重要といってもいい第5の課題です。私たちは、心筋細胞だけ残す都合がいい培地を、企業といっしょに作ることで解決しました。慶應の強みの一つは共同研究しやすい環境ができていることです。培地の改良がうまくいった背景には、末松誠教授(現AMED理事長)との共同研究があります。

 iPS細胞と心筋の細胞の代謝の違いを末松教授に解析してもらいました。iPS細胞やES細胞は増殖性が高く、ブドウ糖を大量に取り込みます。取り込まれた糖が代謝され、最終的にピルビン酸ができますが、これらの細胞はピルビン酸を使うことができません。心筋はピルビン酸を使うことができます。この差を利用して、培地からブドウ糖を抜いて乳酸を入れてみました。iPS細胞やES細胞は死んでしまいますが、心筋は生き残りました。心筋は乳酸を取り込んでピルビン酸に転換して、エネルギー源として利用することができるのです。ようやく純化したマウスの心筋を作ることができました。この心筋細胞は移植しても、腫瘍を作ることはありません。ヒトのiPS細胞はもう少し複雑で、追加の研究が必要でしたが、目処がついてきたところです。

 最後の課題は、いよいよ移植です。最初の頃は失敗の嵐でした。心筋をばらばらにして動物の心臓に注射してみると、ちゃんと定着して、やったーと感激したのもつかの間、よく見ると、移植した細胞よりずっと少なくなっていることに気づきました。ほんのわずかしか定着しないのなら、移植の効果が望めません。そこで、心筋を集めて球にしてから移植する方法を考えました。これで定着率が上がることを確認しました。

 ヒトの心臓は約350グラムです。50グラムくらいは移植したいところですが、それだけの細胞を培養するのはコストがかかりすぎます。小さいサイズで植えて、心臓の中で大きく育てばいい。ヒトのiPS細胞から作った心筋をサルに移植して、サルの心臓の中で大きく育つことを確認しています。

 これまで20年、試行錯誤を繰り返しながら続けてきて、患者さんに届けられそうなところまでやってきました。本当にもう少しです。最後までしっかり安全確認して進めていきます。

聞き手:朝日新聞記者/慶應義塾大学共同研究員 瀬川茂子

福田恵一氏
1983年慶應義塾大学医学部卒。87年同大学院医学研究科(循環器内科学)修了。87年同大学医学部助手、91年国立がんセンター研究所に国内留学、92年米ハーバード大学留学、94年米ミシガン大学留学。95年慶應義塾大学医学部助手、講師を経て2005年同医学部再生医学教授、10年から現職。
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