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論文紹介

胎児と成人では造血前駆細胞の分化プロセスが質的に異なる

Faiyaz Notta, Sasan Zandi, Naoya Takayama, Stephanie Dobson, Olga I. Gan, Gavin Wilson, Kerstin B. Kaufmann, Jessica McLeod, Elisa Laurenti, Cyrille F. Dunant, John D. McPherson, Lincoln D. Stein, Yigal Dror, and John E. Dick.
Distinct routes of lineage development reshape the human blood hierarchy across ontogeny.
Science, 351 (6269), aab2116 (2016)

上滝 隆太郎
東海大学 医学部 血液腫瘍内科

概要

・ヒト造血系前駆細胞をより細かく分画できる表面マーカー分子の組み合わせを発見
・新たなヒト造血系の細胞分化のモデルを提唱
・ヒトの胎児と成体において造血系前駆細胞のもつ多分化能に違いがあることを発見

背景

血液は10種類以上にも及ぶ多様な細胞から構成される。これらの細胞群は、生体防御にはたらく種々の免疫細胞や酸素の運搬に必要不可欠な赤血球などを含み、個体の維持に非常に重要な機能を果たしている。血液細胞は、造血幹細胞を起点とした造血系と呼ばれる分化過程を経て、胎児期から死ぬまで個体の生涯を通して作られ続けていく。この造血系に異常をきたすと白血病やリンパ腫などの疾患へ繋がっていく。

図
 従来の造血系のモデルでは、造血幹細胞を頂点として分化能が限定された前駆細胞が段階的に分化していくと考えられてきた (図1)。例えば、造血幹細胞 (hematopoietic stem cell; HSC) はまず多分化能を維持した前駆細胞 (multipotent progenitor; MPP) へと分化し、その後リンパ球系にしか分化できないCLP (common lymphoid progenitor) とリンパ球系以外の細胞への分化能を保持したCMP (common myeloid progenitor) とに分岐する。同様にしてCLPやCMPはそれぞれ特定の細胞群以外への分化能を失いながら、徐々に分化を進めていく。このようなモデルは、表面に発現する分子マーカーの組み合わせを用いて各前駆細胞を分類・識別し、同じ表現型をもつ細胞は全て均一な性質のものであるという前提に基づいて構築されてきた。しかし、近年の実験技術の進歩により一細胞レベルでの研究が進み、マウスを用いた実験において造血系の細胞分化が従来のモデルに必ずしも従っていないことが報告されている (Yamamoto et. al., Cell, 2013)。そこで本論文では、ヒト造血系における前駆細胞の性質がこれまでの古典モデルで考えられていたように均一であるのか、詳細に調べた。材料として主に、胎児期の造血の場である胎児肝および生後の造血の場である骨髄および造血幹細胞を多く含むことが知られる臍帯血の細胞を解析に用いている。

結果

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まず筆者らは、これまで均一な細胞集団として扱われてきた前駆細胞CMP, MEP (megakaryocyte-erythrocyte progenitor), MPPをさらにいくつかの異なる集団に分画することを試みた。フローサイトメトリー*1による解析の結果、これらの前駆細胞がBAH-1及びCD71を用いてさらにそれぞれ3つずつの集団に分画できることを見出した (図2A F1-3)。次に、細胞培養の条件を検討し、これらの各画分の細胞がどのような細胞に分化できるかを一細胞レベルで調べられる培養系を立ち上げた。この条件で、各前駆細胞1個を培養し、その後どのような細胞が分化してくるかを胎児肝 (fetal liver; FL), 臍帯血 (cord blood; CB), 骨髄 (bone marrow; BM) の細胞を用いてフローサイトメトリーにより調べたところ、ほとんどの画分で過半数の細胞がmyeloidのみ (My) やerythroidのみ (Er) にしか分化できなかった (図2B)。すなわち、これまで多分化能をもった均一な細胞集団として扱われていたこれらの前駆細胞の大部分は、それぞれが既に特定の細胞への分化を運命づけられた不均一な細胞の集まりであることが示された。

 この一細胞解析について、F1画分をMPP → CMP → MEPというように分化段階を追って調べると、FLやCBではCMP, MEPといった比較的分化の進んだ前駆細胞においても多分化能を維持した細胞 (Mix, Er/Mk) が存在していたのに対して、BMではMPP以外では多分化能をもつ細胞は見られなかった。このことから、胎児期の造血系ではMPP → CMP → MEPと分化が進んでいくにつれて少しずつ多分化能が失われていくのに対して、成人のBMにおける造血系では、MPPなどの早い段階の前駆細胞が特定の細胞への分化運命が決定され分化が進んでいくと考えられる。

結論

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筆者らは、新しい分子マーカーの組み合わせと細胞培養系の改良によって、これまで均一な多分化能をもったものとして扱われてきた造血系の各前駆細胞が、実のところ既にそれぞれ異なる分化運命が決定された細胞からなる不均一な細胞集団であることが示された。さらに、胎児肝から成人の骨髄へと個体の発生が進むと、造血系の前駆細胞の分化過程に違いが生じることが示された (図3)。

用語解説

*1 フローサイトメトリー
蛍光色素で標識された抗体を用いて細胞内外の分子を染色し、分子の発現を調べる方法。例えば、FITC標識 - 抗CD71抗体で細胞を染色するとCD71を発現している細胞がFITC色素で染まる。この色素の強度を検出することでCD71を発現している細胞と発現していない細胞とを区別することができる。

Reprinted by permission from: American Association for the Advancement of Science
Science http://science.sciencemag.org (Faiyaz Notta, Sasan Zandi, Naoya Takayama, Stephanie Dobson, Olga I. Gan, Gavin Wilson, Kerstin B. Kaufmann, Jessica McLeod, Elisa Laurenti, Cyrille F. Dunant, John D. McPherson, Lincoln D. Stein, Yigal Dror, and John E. Dick., Distinct routes of lineage development reshape the human blood hierarchy across ontogeny. Science, 351 (6269), aab2116 (2016)), copyright 2016

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