私が読んだこの論文を紹介します!

論文紹介

生殖幹細胞の分化・発生は、タンパク質合成装置リボソームの正常な組み立てとタンパク質生産作業によって調節される。

Carlos G. Sanchez, Felipe Karam Teixeira, Benjamin Czech, Jonathan B. Preall, Andrea L. Zamparini, Jessica R.K. Seifert, Colin D. Malone, Gregory J. Hannon, Ruth Lehmann
Regulation of Ribosome Biogenesis and Protein Synthesis Controls Germline Stem Cell Differentiation
Cell Stem Cell 18, 276–290, February 4, 2016

伊藤尚文
熊本大学大学院生命科学研究部神経分化学分野 研究員

解説

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図1:生殖幹細胞制御遺伝子のスクリーニング

幹細胞の中でも生殖細胞は生体を構築する細胞である。生殖細胞は生物を構成するすべての細胞に分化できる細胞で、生物は生殖細胞から分化を繰り返して、生体を構築します。生殖細胞は生殖幹細胞から分化して発生するが、その発生途中での異常は致命的であり、正常な発生は生物にとって極めて重要です。

この研究で用いられたキイロショウジョウバエは遺伝学および発生学研究のモデル生物として20世紀初頭から利用されているもっとも研究されている生物の一つです。生まれてから約10日で成虫になり、一度に50匹以上の子供が得られるのが最大のメリットです。同じくモデル生物のマウスで言えば、大人になるのに2ヶ月程度かかり、子供の数も8匹程度です。

この論文でもショウジョウバエが手早く大量に得られることを利用した、エンハンサートラップ*1という方法で、生殖細胞系で機能している遺伝子をスクリーニングしています(図1)。ショウジョウバエの全遺伝子数は約14000個といわれておりますが、これから生殖細胞系で発現している遺伝子をデータベースから検索して、8171個にしぼります。これらをRNAi法*2で遺伝子発現を抑制して、ハエの生殖細胞系の発生と、生殖細胞で発現している遺伝子に変化がないかをチェックして、狙いを864個にしぼります。ここからさらに免疫染色法で生殖細胞の発生に影響が出ているものをしぼって646個にしぼりました。

得られた遺伝子をグループ分けすると主にリボソームを構成するもの、染色体の凝縮・分配に関わるもの、RNA合成系、タンパク質合成系に分けられました。そこで著者たちは今までに報告のないリボソームに関連する因子のさらなる解析に進みました。

図
図2:生殖幹細胞分化におけるリボソームの役割
リボソームの形成と、リボソームによる
タンパク質の生産のバランスによって、
生殖幹細胞の分化は正常に進行する。
リボソームはmRNAからタンパク質を作り出す”翻訳装置”で、RNAとタンパク質から構成される巨大な複合体としてよく知られています。リボソームの組み立てに関する遺伝子発現を抑制したショウジョウバエ生殖細胞ではステムシストと呼ばれる幹細胞の分裂が完了しない細胞を増やすことが明らかになりました。

また、リボソームを構成するRNAと細胞内部のタンパク質の量は、シスト細胞の分化をすすめていることがわかりました。RNAとタンパク質がある程度ないと細胞の分化が進まない仕組みです。分化の進行にはさらにTOR(target of rapamycin)経路と呼ばれる細胞の栄養・エネルギー状態を転写・翻訳に反映させる経路も関与していました。

これらの結果から、生殖細胞の発生はRNAやタンパク質の量・質的な成熟が非常に深く関わっており、リボソームの生合成と働きによって進行過程がチェックされていることがわかりました(図2)。近年発達したバイオインフォマティクスと、従来型のスクニーリング実験の融合から、リボソームの機能性の再認識につながった点に面白さを感じました。ヒトでこのような制御系があるかはまだ不明ですが、リボソームは普遍的に存在する細胞内小器官ですので、共通した機構の存在がうかがわれます。

概略

(1) エンハンサートラップ法と、免疫染色による表現型の分類によって生殖幹細胞の発生・分化に関係する遺伝子を646個に絞りました。
(2) バイオインフォマティクス解析によるグループ分けで、実際に強い転写が起きている遺伝子集団の中に、リボソームの生合成系に関係する遺伝子群が抽出された。
(3)リボソームの折りたたみに関係する遺伝子のノックダウンは、シスト細胞の増加はさせずに、ステムシストを増加させる。また、シスト細胞が正常な数の哺育細胞(卵母細胞にmRNAやタンパク質を供給する細胞)に分裂することにも関与する。
(4)栄養・環境因子によって調節されるTOR経路に関係する遺伝子および、染色体凝縮に関わる因子のノックダウンは生殖細胞系列の分化に影響する。すなわち、適切な栄養条件と十分な染色体の増加が見込めないと、生殖細胞は正常に発生しない。
(5)リボソームの材料の生合成、リボソームの組み立て工程の適切な進行は、細胞のタンパク質合成系の正常な運用にも影響し、必要なタンパク質合成量を確保した上で生殖幹細胞の分化・増殖は進行する。

用語解説

*1 エンハンサートラップ法
ゲノム上に存在するエンハンサーを利用して任意の遺伝子を発現させる方法。この論文ではGAL4によって誘導されるUAS配列に標的遺伝子をつないで発現させる。GAL4は生殖系細胞特異的に発現するnanosドライバーによって誘導されるので、省略していえば、生殖系細胞でのみ任意の遺伝子を発現させる方法である。

*2 RNAi法
標的遺伝子の発現を相補的な2本鎖RNAによって抑制する方法。この論文ではDicer2という2本鎖RNA切断酵素を同時発現させることで、2本鎖RNAを21~23merに切断し、効率的に遺伝子標的遺伝子を認識・切断することで発現を抑制した。エンハンサートラップは任意の遺伝子の発現を上昇させる方法だが、RNAi法と組み合わせることで発現を抑制することも可能になる。

Reprinted from Cell Stem Cell 18, 276–290, February 4, 2016, Carlos G. Sanchez, Felipe Karam Teixeira, Benjamin Czech, Jonathan B. Preall, Andrea L. Zamparini, Jessica R.K. Seifert, Colin D. Malone, Gregory J. Hannon, Ruth Lehmann, Regulation of Ribosome Biogenesis and Protein Synthesis Controls Germline Stem Cell Differentiation, Copyright (2016), with permission from Elsevier

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