ジカウィルスの有する非構造タンパクNS4A/Bは、胎生期のヒトの神経幹細胞におけるAkt-mTORシグナルを阻害しオートファジーを活性化することで神経発生に異常を起こす
Qiming Liang, Zhifei Luo, Jianxiong Zeng, Weiqiang Chen, Suan-Sin Foo, Shin-Ae Lee, Jianning Ge, Su Wang, Steven A. Goldman, Berislav V. Zlokovic, Zhen Zhao, Jae U. Jung (2016).
Zika Virus NS4A and NS4B Proteins Deregulate Akt-mTOR Signaling in Human Fetal Neural Stem Cells to Inhibit Neurogenesis and Induce Autophagy.
Cell Stem Cell, in press
吉田剛
東京医科歯科大学 難治疾患研究所 病態細胞生物学分野
日本学術振興会特別研究員PD
研究背景
図1:子宮胎盤組織と胎児における
ジカウィルスの局在に関する模式図
(N Engl J Med 2016; 375:481-484より引用・改変)
小頭症*1を引き起こす再興感染症として注目を集めているジカ熱は、フラビウィルス科フラビウィルス属のジカウィルス(Zika virus; ZIKV)によって発症する。ジカウィルスは、1947年にウガンダのZika forest(ジカ森林)で黄熱研究のために飼育されていたアカゲザルから初めて分離され、1968年にナイジェリアで行われた臨床研究によって、ジカ熱とジカウィルス感染症の関係が明らかにされた。ネッタイシマカやヒトスジシマカなどの蚊が媒介する感染症であるジカ熱は、性交渉による感染経路も有している。日本では2015年に4類感染症全数把握疾患として規定された。成人でのジカ熱の典型的な臨床症状は発疹、発熱、関節痛、結膜充血などデング熱と類似しており、軽症で済むことが多い。小頭症の発症との因果関係が疫学的に証明された (N Engl J Med 2016; 374:1552-1563)。一方で、胎児期の脳の発生段階においてどのように悪影響を及ぼすのかに関して、詳細な分子機序は未だ明らかにされていないのが現状である。これまでの研究で、ジカウィルスに感染した妊婦の羊水だけでなく小頭症を呈する胎児脳組織でウィルスのゲノムが検出されている(N Engl J Med 2016;374:951-958)。以上から、胎盤血液関門および胎児の脳血液関門*2を通過して未分化な神経幹細胞の増殖や分化に悪影響を及ぼすことが推察されている(図1参照)。実際、ヒト神経幹細胞にジカウィルスを感染させた際に細胞死が誘導され、脳組織のオルガノイドの成熟が阻害されることが報告されている(Science. 2016;352:816-8.)。今回の研究では、ジカウィルスの非構造タンパク質(virus-specific nonstructural protein; NS)*3であるNS4A、NS4Bが、栄養飢餓環境やストレス応答性に活性化するオートファジー機構*4や、栄養感知シグナルとして代謝を制御するAkt-mTORシグナルを介して、どのように胎児脳における神経新生に悪影響を与えるのかについて検証しているので紹介したい。
研究結果
図2:ヒト胎児の神経幹細胞にZIKVが感染した際の増殖
オートファジーなどへの影響
(本論文のFigure1より引用・改変)
まず筆者らは、MR766・IbH30656・H/PF/2013という3種類のZIKV系統株をヒト胎児の神経幹細胞に感染させたところ、いずれの株においても細胞死がコントロールと比較して5倍以上亢進した。ZIKV感染7日後に形成されたニューロスフィア*5ではZIKVのE抗原が検出されたと同時に、TUNEL染色(断片化DNAを検出する染色法)にてアポトーシス細胞死を遂げた細胞の数が非感染神経幹細胞由来のニューロスフィアと比較して増加していた。加えて、チミジンのアナログであるBrdUの取り込みを比較した細胞増殖の検証も踏まえた結果、ZIKVは未分化な神経幹細胞の細胞分裂を抑制すると同時にアポトーシス細胞死を誘導することで、ニューロスフィアの成熟・増大を抑制することが証明された。興味深いことに、ZIKV感染は胎児の神経幹細胞の増殖を抑制しているにもかかわらず、未分化性を維持していることを示す幹細胞マーカーであるNestinやSox2の発現レベルに影響を与えなかった(図2参照)。また、MR766・IbH30656感染後のオートファジー活性を評価するために、LC-3(microtubule-associated- protein-light-chain-3)およびp62(SQSTM1)の発現レベルを検証したところ、ZIKV感染によってLC-3の脂質修飾が亢進していると同時に、選択的オートファジーの主要なアダプタータンパク質であるp62の発現が低下していた。ZIKV感染によりオートファジーが活性化しているNestin陽性の神経幹細胞では蛍光免疫染色で、LC-3が斑状に観察された(一般にこれを「LC-3のpuncta」と呼ぶ)。ここで、オートファジーを促進する薬剤(ラパマイシン)、抑制する薬剤(クロロキン、3-MA)でそれぞれ感染細胞を処理したところ、神経幹細胞中で複製されたZIKVゲノム量が前者ではさらに増加し、後者では抑制された(図2参照)。さらに、オートファジーに必須の分子であるAtg3やAtg5などが発現していない細胞で同様の実験を施行したところ、正常細胞と比較してZIKVのRNA複製効率が半分~7分の1程度になった。以上の事実から、ZIKVの神経幹細胞に対する感染はオートファジーを活性化することでZIKVのRNA複製を促進し、最終的に、宿主細胞である神経幹細胞の増殖を抑制しつつアポトーシス細胞死を促進することで、脳組織の正常発生を阻害することが強く示唆された。
図3:ヒト胎児神経幹細胞にZIKVの非構造タンパク質
NS4A、NS4Bを発現させた際の増殖・分化への影響
(本論文のFigure2より引用・改変)
ZIKVは3種類の構造タンパク質と7種類の非構造タンパク質によって構成されている。このうちどのタンパク質が神経幹細胞の増殖を抑制しているのか検証したところ、非構造タンパク質のうちNS4AとNS4Bの2種類が関与していることが判明した(図3参照)。この2種類のタンパク質のみを発現した胎児脳の神経幹細胞では、ニューロスフィア形成能が半分近く低下していたが、細胞死の割合はコントロールと有意差を認めなかった。また、ZIKVを感染させた実験結果と同様に、未分化性を示すマーカー分子であるSox2やNestinの発現量に対してNS4AやNS4Bの異所性発現は何ら影響を与えなかった。そこで筆者らは、ポリ-L-オルニチンやラミニンでコーティングしたディッシュ上で神経幹細胞を10日間培養して分化誘導したところ、驚くべきことに、NS4AとNS4Bを発現している胎児脳の神経幹細胞ではβ-III-チュブリン陽性細胞(ニューロン)やGFAP陽性細胞(アストロサイト)への分化が顕著に抑制された(図3参照)。本結果から、ZIKVのうちNS4AとNS4Bという2種類の非構造タンパク質が選択的に作用して、胎児期の脳組織における神経新生を阻害していることが強く示唆された。
図4:ヒト胎児の神経幹細胞にZIKVが感染した際の
シグナル伝達への影響など
(本論文のFigure3,4より引用・改変)
ZIKVを構成するタンパク質10種類それぞれを一過性に発現させたHeLa細胞ではLC-3のpunctaがNS4AおよびNS4Bを発現させた細胞で認められ、これら2種類の非構造タンパク質を同時に発現させると相乗的にさらなるLC-3のpunctaの増加とconversionを呈した。NS4AおよびNS4Bを恒常的に発現するように遺伝子改変したHeLa細胞や胎児脳神経幹細胞において、相異なる非構造タンパク質が同時に発現した際に、NS4AあるいはNS4B単独での異所性発現と比較して顕著にLC-3 conversionが誘導された(図4参照)。
そこで筆者らは、ZIKV感染によりどのようにオートファジーが活性化するのかに関して、シグナル伝達に着目して検証を進めた。発生段階の脳組織における神経新生において、Akt-mTORシグナルの活性化は必須である(Nature Neuroscience 2013;16:1537–1543)。一般的に、Aktにおいて308番目のスレオニン残基(Thr308)、473番目のセリン残基(Ser473)がリン酸化されると、mTORにおける2448番目のセリン(Ser2448)がリン酸化され、Akt-mTORシグナルの活性が維持されることが知られている。筆者らは、ZIKVのMR766株が胎児脳の神経幹細胞に感染してから細胞内で時間依存的に複製されることで、リン酸化Aktが抑制され、リン酸化されたmTORの量も減ることを明らかにした(図4参照)。ZIKVによるAkt-mTORシグナルの抑制効果は、インスリンや血清による刺激を加えて基底状態のシグナル強度を高めた場合であっても同様に認められた。本結果から、NS4AとNS4Bの発現によりAkt-mTORシグナルの活性が低下してオートファジーが活性化することが強く示唆された。
今後の展望
本論文は、ZIKVの非構造タンパク質であるNS4AとNS4BがAktシグナルを抑制することでオートファジーを活性化する点に関して証明しているものの、残念ながら、オートファジーの活性化が如何にして細胞増殖を抑制・アポトーシス細胞死を促進・そして分化を阻害するのかについての検証が不十分であった。しかしながら、この1-2年で飛躍的に注目を集めているZIKV感染と小頭症との関連性において、具体的に病態に関与するウィルスタンパク質を同定した点で、分子標的治療につながる論文として注目に値する。
用語解説
*1 小頭症:
国際的な診断基準に拠ると、後頭前頭を結ぶ周囲径が年齢や性別を合わせた標準値の3%より小さい先天的奇形を指す。頭蓋骨の縫合が早期に起こるために頭が極端に小さい病態と、脳組織の発生異常のために頭蓋腔の容積も拡大しない病態の二つがある。ジカウィルス感染による小頭症は後者に該当する。いずれの原因でも知能の発達遅滞が顕著である。
*2 血液脳関門:
脳の毛細血管内皮細胞とグリア細胞により形成され、神経細胞に毒性のある脂溶性物質から脳組織を保護する。脳毛細血管に発現している多くのトランスポーターによってグルコースなどの栄養素は選択的に血液脳関門を透過する一方で、P糖タンパク質によって毒素・薬物は能動的に排泄される。
*3 非構造タンパク質:
ウィルス感染細胞にのみ検出され粒子構成に寄与しないウィルス特異的なタンパク質を指す。具体的には、ウィルス粒子を構成する構造タンパク質とは対照的なポリメラーゼのようなタンパク質が挙げられる。例えば、トガウィルス・フラビウィルスなどのプラス極性の一本鎖RNAウィルスのNSは、ポリタンパク質の開裂やRNA合成に関与することが知られている。
*4 オートファジー機構:
オートファジーは、小胞体ストレスを惹起するタンパク質の凝集体、古いミトコンドリアを代表とする異常なオルガネラなどを選択的・特異的に排除することによって細胞内の恒常性維持に寄与する。さらに栄養飢餓環境においては、分解して得たアミノ酸のリサイクルシステムの一環としても活躍する。本論文で登場したp62は選択的オートファジーのアダプタータンパク質である。また、酵母Atg8のホモログであるLC3は、オートファゴソーム膜に特異的に結合するLC3-Iが、リン脂質分子の一つであるフォスファチジルエタノールアミン(PE)と共有結合するとLC3-IIに変換される。この現象は〝LC-3 conversion″と呼ばれ、オートファジー活性の指標となる。
*5 ニューロスフィア:
未分化な神経幹細胞をEGFとbFGFを含む無血清培地を用いて浮遊培養することで形成される球状塊(sphere)を示す。スフェロイド培養は、未分化性を維持させながら幹細胞を増殖させるうえで有用な実験手法として、神経系細胞に限らずさまざまな組織の正常幹細胞、そしてがん幹細胞の研究で応用されている。
Reprinted from Cell Stem Cell, in press, Qiming Liang, Zhifei Luo, Jianxiong Zeng, Weiqiang Chen, Suan-Sin Foo, Shin-Ae Lee, Jianning Ge, Su Wang, Steven A. Goldman, Berislav V. Zlokovic, Zhen Zhao, Jae U. Jung, Zika Virus NS4A and NS4B Proteins Deregulate Akt-mTOR Signaling in Human Fetal Neural Stem Cells to Inhibit Neurogenesis and Induce Autophagy, Copyright (2016), with permission from Elsevier