骨芽細胞から分泌されたVEGFが骨再生を制御する!
Kai Hu and Bjorn R. Olsen. Osteoblast-derived VEGF regulates osteoblast differentiation and bone formation during bone repair. TheJournal of Clinical Investigation. Volume 126 Number 2. 2016
Kai Hu / The Journal of Clinical Investigation / February2016
河阪幸宏
東北大学
分子・再生歯科補綴学分野
研究背景
VEGF(血管内皮細胞増殖因子)は血管新生に関わる最も重要な成長因子の1つとして知られています。加えてVEGFは骨格の成長においても重要なはたらきを示します。骨組織中には多くの血管が張り巡らされており,さらに血管新生自体が骨芽細胞分化※1に影響を与えることから,VEGFは出生時の骨形成や出生後の骨の維持に大きく関わっています。
また出生後の骨折治癒や骨再生は,部分的に骨の発生と同様のステップ〔膜性骨化※2や軟骨内骨化※3〕を辿りますが,それに加えて炎症性細胞の遊走や幹細胞の減少といった特徴を呈します。そのような骨の創傷治癒の場面においても,骨芽細胞前駆細胞や肥大軟骨細胞から分泌されたVEGFが周囲の細胞にはたらきかけることにより,骨再生が促進されるということが分かっています。
しかしながら,骨治癒におけるVEGFの作用メカニズムは十分に解明されていませんでした。
研究内容まとめ
図1:炎症期・修復期における血管侵入
筆者らは骨芽細胞由来のVEGFのみを欠損させた遺伝子改変マウスを作製し,マウスの脛骨に人工的な骨欠損をつくり,その治癒過程を観察することで,骨治癒における骨芽細胞が分泌するVEGFのはたらきを細胞レベルで解き明かしました。今回の研究で,骨芽細胞から分泌されたVEGFは骨治癒の3つのステージ(炎症期・修復期・リモデリング期)それぞれにおいて重要な役割を担っていることが分かりました。
1. 骨治癒の炎症期および修復期において,骨芽細胞由来のVEGFが炎症部位へのマクロファージ※4の遊走を促すことでVEGFの血管内皮細胞への直接的な作用に加え,マクロファージを介した間接的な初期血管侵入に関わっている(図1)。
2. 膜性骨化による骨再生部位において,適正な濃度のVEGFが血管新生と骨形成の相互作用を促し,骨治癒を促進させる。しかし高濃度のVEGFでは逆に骨治癒が遅延してしまう。これはVEGFが傍分泌因子※5として自己抑制的にはたらくためと考えられる(図2)。
3. 軟骨内骨化による骨再生部位において,骨芽細胞由来VEGFおよび肥大軟骨細胞由来VEGFが血管侵入と破骨細胞遊走を促し,その結果,軟骨基質の吸収と骨組織への置換が促進される(図3)。
4.骨治癒後期のリモデリング期において,骨芽細胞由来VEGFが破骨細胞分化と遊走を促進させることで,骨リモデリングが促進される。
図2:膜性骨化部位における血管新生と骨形成の関わり
図3:骨治癒における軟骨内骨化
例えばbone graftのような大規模骨欠損をターゲットにした骨再生では,臨床的に良い結果が得られないことが多々あります。その主な原因としては,血液供給不足による低酸素や低栄養,骨膜損傷,骨芽細胞前駆細胞の数の不足,graftの不十分な固定,細菌感染などが考えられます。
間葉系幹細胞,iPS細胞などの幹細胞や人工材料を用いた骨再生のプロセスにおいても同様で,特に血管供給不足に起因する移植細胞のネクローシスや移植片の脱離等は常につきまとう問題です。その解決策として,過去の研究では移植体の血管新生誘導を目的とした培養や,移植後のVEGF局所投与などVEGFと骨再生とを関連付けた様々なアプローチが行われてきました。
しかしながら,それらのアプローチを臨床応用まで結びつけるためには,VEGFの骨再生における作用プロセスの更なる理解が必須となります。今後より細かなVEGFの作用機序が明らかになれば,大規模骨欠損に対する効率的な骨再生の臨床応用への大きな手助けになると思います。
※同著者によるレビュー論文より引用(一部改変)Kai Hu and Bjorn R. Olsen Bone(2016)
用語解説
*1 骨芽細胞:
骨組織において骨形成を行う細胞。
*2 膜性骨化:
脊椎動物にみられる骨化様式の1つ。主に扁平骨にみられ,間葉系細胞が直接,骨芽細胞に分化して骨基質を産生する。
*3 軟骨内骨化:
脊椎動物にみられる骨化様式の1つ。主に長管骨や骨膜で見られ,間葉系幹細胞がいったん軟骨細胞に分化し,軟骨原器を形成する。軟骨細胞は成熟し,肥大軟骨細胞に分化するとVEGF等の成長因子を分泌し,軟骨組織は徐々に骨組織へと置換されてゆく。
*4 マクロファージ:
白血球の一種であり, 生体内に侵入した細菌・ウイルスなどを貪食・消化するとともに, 抗原提示を行う免疫細胞。また血管新生におけるVEGFの発現に関わっていることが分かっている。
*5 傍分泌:
細胞間におけるシグナル伝達の1つ。特定の細胞から分泌される物質が,組織液などを介してその細胞周囲に局所的な作用を示す。
Reprinted from Bone, in press, Kai Hu and Bjorn R. Olsen, Osteoblast-derived VEGF regulates osteoblast differentiation and bone formation during bone repair, Copyright (2016), with permission from Elsevier