ドキソルビシン治療により心毒性を示した乳がん患者由来のiPS細胞を用いて、培養ディッシュ上で心毒性の再現に成功
Paul W Burridge, Yong Fuga Li, Elena Matsa, Haodi Wu, Sang-Ging Ong, Arun Sharma, Alexandra Holmström, Alex C Chang, Michael J Coronado, Antje D Ebert, Joshua W Knowles, Melinda L Telli, Ronald M Witteles, Helen M Blau, Daniel Bernstein, Russ B Altman & Joseph C Wu.
Human induced pluripotent stem cell–derived cardiomyocytes recapitulate the predilection of breast cancer patients to doxorubicin-induced cardiotoxicity
Nature Medicine 22, 547–556 (2016)
新谷昴
慶應義塾大学大学院医学研究科 医学研究系専攻
先端医科学研究所 遺伝子制御部門(博士課程1年)
はじめに
図1:本研究の流れ
アントラサイクリン系薬剤*1であるドキソルビシン(商品名アドリアマイシン)は、1960年代に導入され、効果的で一般的によく用いられている抗悪性腫瘍薬の1つです(Lipshultz, S.E., Franco et. al., Rev. Med. 2015)。
チロシンキナーゼ阻害薬やモノクローナル抗体が臨床で使用されるようになった現在でも、アントラサイクリン系薬剤はアルキル化剤であるシクロホスファミド(商品名シトキサン)や微小管阻害薬のパクリタキセル(商品名タキソール)及びドセタキセル(商品名タ キソテール)に並び、乳がん患者の約40–50%に処方されています(Giordano, S.H., et. al., J. Clin. Oncol. 2012)。しかしながら、ドキソルビシンは心毒性の副作用があるとされており、比較的低用量の投与でさえ、心毒性の危険性は、7.8%~8.8%と推定されています(Swain, S.M., et. al., Cancer. 2003)。
それにもかかわらず現時点では、どの患者がドキソルビシン誘発性心毒性(DIC)の影響を受けるかは予測できません(Granger, C.B. Circulation. 2006)。このことより本論文では、個々の患者のDIC 発症傾向を細胞レベルで再現できることを明らかにすることを目的とし、患者特異的なヒト誘導多能性幹細胞由来心筋細胞(hiPSC-CM)を作製し、評価を行った。
研究結果
図2:ドキソルビシンが及ぼす心筋細胞への影響(1)
筆者らは、ドキソルビシンで治療を行い、心毒性を示さなかった乳がん患者(DOX)4名、心毒性を示した乳がん患者(DOXTOX)4名、健常人4名、計12名の女性の皮膚線維芽細胞からiPS細胞を樹立し、その後心筋細胞*2へ分化誘導した。彼らは初めに、樹立した患者由来の心筋細胞を用いてドキソルビシンへの感受性が異なるかどうかを検討するために培養ディッシュ上で評価を試みました。ドキソルビシンを心筋細胞に添加した結果、DOXTOX由来の心筋細胞でのみ、サルコメア*3の構造が崩壊されることを確認しました(図1A)。同様に心筋細胞の働きを見てみたところ、ドキソルビシンの濃度が高くなるにつれて、DOXよりもDOXTOX由来の心筋細胞で激しい不整脈が起きていることが明らかになりました(図1B)。これらの結果により、実際に患者で起きたドキソルビシン投与による心毒性は患者由来iPS細胞から分化させた心筋細胞を用いることで、培養ディッシュ上でも再現が可能であることが示されました。
図3:ドキソルビシンが及ぼす心筋細胞への影響(2)
次に筆者らはドキソルビシンへの感受性の違いが細胞内にどのような影響を及ぼしているかを調べることにしました。すると、ドキソルビシン添加によりDOXよりもDOXTOX由来の心筋細胞で細胞生存率が低いこと(図2A)、またミトコンドリア*4機能と代謝機能が損なわれていること(図2B)、カルシウムの排出が障害されること、抗酸化経路の活性が低下し、活性酸素種産生が増大していることが明らかとなりました。
まとめ
今回の研究結果はhiPSC-CMがドキソルビシン投与による心毒性の遺伝的基盤や分子機構を突き止め、特性を詳しく調べるのに適した方法であることを示しています。さらに研究が進みこの方法を応用することで、ドキソルビシンだけでなく様々な抗がん剤の副作用を予測し、未然に防ぐことができる希望が見出されました。本論文を読ませて頂いたことで、我々が行う基礎研究が臨床でどのように貢献できるかを改めて深く考えることができました。
用語解説
*1 アントラサイクリン系薬剤:
DNAを合成する際に働く、トポイソメラーゼⅡという酵素を阻害することで抗腫瘍効果を示す薬剤です。
*2 心筋細胞:
心臓は心筋という筋肉から構成されており、その心筋を作る細胞が心筋細胞です。心筋細胞は1つ1つでも動きますが、集団になるとまとまって拍動します。
*3 サルコメア:
骨格筋を形成する筋繊維は多数の筋原線維から構成されています。この筋原線維は長軸方向に周期構造が見られ、この周期構造をサルコメアといいます。
*4 ミトコンドリア:
多くの生物の細胞に広く含まれている細胞内構造物の1つで、細胞の中で呼吸し、エネルギーを生産する役割を果たしています。
Reprinted by permission from Nature Publishing Group: Nature Medicine: Paul W Burridge, Yong Fuga Li, Elena Matsa, Haodi Wu, Sang-Ging Ong, Arun Sharma. Human induced pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes recapitulate the predilection of breast cancer patients to doxorubicin-induced cardiotoxicity. Nature Medicine, Apr 18, 2016, copyright 2016
関連細胞
DOX1(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性なし)由来iPS細胞;SKIP001177
DOX2(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性なし)由来iPS細胞;SKIP001178
DOX3(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性なし)由来iPS細胞;SKIP001179
DOX4(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性なし)由来iPS細胞;SKIP001180
DOXTOX1(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性あり)由来iPS細胞;SKIP001181
DOXTOX2(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性あり)由来iPS細胞;SKIP001182
DOXTOX3(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性あり)由来iPS細胞;SKIP001183
DOXTOX4(ドキソルビシン治療乳がん患者(心毒性あり)由来iPS細胞;SKIP001184